新型コロナウイルス第七波襲来。我々は何度同じ過ちを繰り返すのか
2020年初頭に端を発した新型コロナウイルス、SARS-CoV-2による感染症災害にたいして人類は、そして日本は、今のところ敗北続きである。根拠のない楽観論、ワクチン万能論、新薬待望論、エリートパニックによるリスクコミュニケーション不全、生存者バイアスによる世論の歪み、新興宗教と右翼を媒介とした「コロナはただの風邪」言説や陰謀論などなどによって戦線は打ち砕かれ、もはや「いつ過ぎ去るかも分からぬものが過ぎ去るのを待つ」という受動的な戦略しか取れなくなっている。そうしている間にも犠牲は積みあがっていく。
そして今、2022年7月下旬であるが、日本では感染拡大の波が再来し、20万人/日の感染者数を叩き出している。直接的な原因と言えば、6月初頭の空港検疫の緩和と7月10日投開票の選挙運動がやり玉にあがろうが、こうしたことはもはや些末な問題である。
我々の抱える最も根本的な問題は、戦略的視点とフィードバックの欠落にある。7度も感染拡大を許し、そのたびに感染規模とベースラインが増大しているにもかかわらず、戦略的修正はなされていない。もう何度も医療崩壊を起こしているにも関わらず、第七波でまた同じ課題に直面している。このままでは幾度となく繰り返すことだろう。
医療崩壊を防ぐために病人を見捨てる、医療崩壊を追認して諦めるという本末転倒な解決策(愚かにも我々の政府やその取り巻き連中はこの策に魅了されている)を望まないのであれば、我々は状況を変えなければならない。
而して、我々はいかに感染症災害に向き合い、これを打破できるだろうか?現状、地球上でこの問題にもっともよく対応しているのは中国と北朝鮮という、超集権的独裁国家である。極度の権力集中と民主主義の排除がなければ、ウイルスには勝てないのだろうか?私はそうは思わない。なぜなら、我々の躓きは国家体制の選択のはるか後方で起きているからである。愚かな極論に走る前に、我々が何に躓いているのかよく足もとを見てみることだ。それで、躓きの石など存在せず、我々は自分自身の足に躓いて転んだマヌケだということが分かるだろう。実際、感染症対策の失敗は全て、欺瞞的言説の自家中毒とでもいうべきものをその遠因としている。
そういうわけで我々は、「ハンマーとダンス」だの「K値」だの「マイクロ飛沫感染」だの「PCR検査の偽陽性」だの、「三密」だの「オミクロンは重症化しない」だの「自宅療養」だのといった欺瞞的言説を退け、自分自身の足でしっかりと立ち、歩かなければならない。そうしたうえではじめて物事の解決の地平が見えてくるだろう。
そうした仕事は、本来は相応の横断的な知識を持つ専門家、少なくとも感染症分野で博士課程程度の教育を受け、さらに社会一般の教養に富み、今般の事情を良く踏まえた人間のやるべきことである。しかし、国家政府と技術官僚集団が感染制御に失敗している以上、市民的な議論と合意によってこれを成し遂げるほか道はない。
そこで以下に、2021年衆議院選挙に際して作成した、新型コロナウイルス対策の総合戦略を提案する文章に加筆修正したものを掲載する。これは専門的な知識というよりも、専門的な知識を運用するための枠組みを提供するものである。見るに堪える内容ではないのかもしれないが、こうするよりほかにやりようがないところである。
救国連立内閣政策集私案(2022年7月修正版)
はじめに:基本的な捉え方
感染症のミクロとマクロ
個体間における感染症の感染確率のモデル化
ミクロな感染確率は、感染に関わるウイルスの性質(感染力)、環境要因、感染者の個体要因、非感染者の個体要因の関数と捉えられる。これらの要因は、さらに複数の子要因を持つため、ベクトルで表される。
実際には、この感染確率を導出する関数それ自体が、ウイルスの性質によって定義される。
感染に関わるウイルスの性質には例えば、感染するのに必要なウイルス量、感染者が排出するウイルス量、感染経路や環境中での挙動が含まれる。ある一種類のウイルスについて考える場合、これらはすべて定数である。
環境要因は、ミクロな感染確率を求めたい状況を記述する関数である。感染者-非感染者間の位置関係や、温度や湿度、換気率などが含まれる。
個体要因は感染者、非感染者それぞれの状態を記述する関数である。年齢、性別、体調、免疫力、疾患の有無、マスクの着用などが含まれる。
ウイルスの感染は、実際には複数の条件が相互に関わり合う複雑な世界である。しかし、ウイルスの性質がそれぞれの要因に対する感染確率に対応するように事前処理を行えば、感染確率はこれらのベクトルの内積で求まると考えられる。
単位時間あたりの感染率を求めるならば、時間で微分して、
社会における感染の拡大のモデル化
人口人の社会のなかでの感染者をからまでナンバリングしたとして、社会全体の感染拡大率はそれらがほかの人に感染させる確率の平均なので、総和を感染者数で割って
これは、一人の感染者が平均して何人に感染させるか、つまり実効再生産数のミクロな内実を表している。
感染拡大率を単位時間当たりの感染拡大率に直すには時間で微分して、
実際、単位時間当たりの感染拡大率を感染力を保持する期間で積分すれば、実効再生産数が出る。
最後に纏めると、実効再生産数はミクロな感染確率の関数なので、ある時点での感染者数は
となるはずである。ここでは、感染者数は初期の感染者数に置き換えられている。
以上のような感染のモデル化は、疫学的対策が関数のどの項に働きかけるものか明確にする。対策はウイルスの性質や状況に応じて行われる必要があり、やみくもにやっても意味がないのである。
疫学的対策における必要と十分
疫学的対策の手段と効果
前々節の式
から、代表的な感染対策がどの項に働きかけ、いかなる効果を持つのかを明らかにしよう。
まず、ある時点での感染者数を決定する変数はの5つである。このうち、はウイルスの所与の性質なので、我々が書き換えることはできない。我々に操作が許されているのは、それ以外の4つの変数である。
これらの4つの変数は式を見れば、左項のと右項のに分けられる。左項は示量変数であり、右項は示強変数である。左項への介入は感染者の発見と隔離であり、右項への介入は医療や社会的介入、つまり手洗いやマスク、抗ウイルス薬、ワクチン、自粛、ロックダウンなどなどが相当する。
左辺に対する介入の効果は、次の式で表せる。
介入の大きさは感染者を隔離する数であり、その量は隔離用の入院病床数、母数に対する感染者の割合×検査数×検査感度に依存する。同程度の介入を行った場合その影響は、が小さいときほど相対的に大きく、が大きいときほど相対的に小さい。
右辺に対する介入の効果は、例えば次のような式で近似できるだろう。
社会的介入は、実効再生産数及び感染確率を決定する諸変数に働きかける。同程度の介入の相対的な効果はに対して常に一定、つまり、絶対的な効果はが大きいほど大きく、が小さいほど小さい。
総合すれば、検査隔離は感染者数が少ないときに、社会的介入は感染者数が多いときに、費用対効果に優れる。つまり、適切な疫学的対策は、その時の感染者数に依存する。諸介入手法のなかで、感染抑制に十分な効果を発揮し、最も少ないコストで実行できる組み合わせは、適切なモデル化が行えれば、ある程度数理的な計算によって導けるはずである。
疫学的対策の指針と目的のための功利計算
- 感染による直接の人的被害
- 感染症対策のための諸政策の直接的影響による負の功利(ロックダウンに伴う経済打撃や、政策そのもののコストなど)
- 間接的影響。生活の変化に伴う身体的・精神的疾患など。
従って、感染拡大が収まらなければ、あるいは実効再生産数=1で日毎感染者数に変化が無くても感染が永遠に収束しなければ、でこの負の功利は無限に発散する。
次に、2.の疫学的対策による直接的影響は、その社会的介入の強度の時間積分に比例する。
一般に、感染症対策に必要な時間は、対策の強度が強ければ強いほど短くなる。イメージとしては、時間は強度の逆数に対応する。
強度=0ならば時間=∞でもこの負の功利は0だが、そのときは1.の感染による直接の被害が無限に発散するので、取れる選択肢ではない。
3.の間接的な影響は、基本的には1.と2.の従属関数である。これも最終的な負の功利は時間積分で求められなければならないことは念頭に入れる必要がある。どんな小さなストレスも時間が∞であれば∞の量になる。見過ごすことのできない影響であるが、さまざまな間接的手法で緩和は可能である。
以上から、感染収束に無限時間を要するプランは、1.の負の功利が無限に発生し続けるので論外である。従って、有限時間中に感染を収束させる手立てを考える必要は明らかである。つまり、継続的に実効再生産数Rt<1を維持するために、感染規模に応じながら、負の功利を最小化する組み合わせに政策を常に調整し継続する、ということを考えなければならない。
新型コロナウイルス対策関連政策集
基本的な疫学的対策の考え方
感染状況を5つの段階に分けて議論する。感染状況によって、相対的に有効な手立てが変わってくるからである。
さらに、この5段階を地域ごとに評価し、それぞれの地域の実状に合った対策を行う。
➊検査飽和・医療崩壊
市中の感染者の割合が増えすぎると、検査しても検査しても陽性者ばかり、隔離・医療のリソースが絶対的に不足し、医療体制外での死者が続出する。ここで手をこまねいていると、労働者の間で感染が拡大することで医療だけでなく物流をはじめとした社会機能そのものが崩壊し、貧困と飢餓が治安の悪化を呼び、完全に制御不能な悲惨な事態に進展しうる。想定としては2021年春のインドでの感染爆発である。
この状況になってから医療体制を強化しようとしても、医療体制は等差数列でしか増えない一方、感染者は等比数列で増えるのだから確実に間に合わない。実効再生産数を大幅に下げるためにロックダウンは不可避である。
この状況で行う施策は以下である。
・補償と現物支給付きのハードロックダウン、全面外出禁止
・食糧生産と物流関係に感染対策リソースを集中し、餓死者を出さないことを目標とする。
・家賃および水道光熱費等の支払いの全面的な猶予と必要に応じた事後的な免除および補填
・ロックダウンによって発生した余剰の食料や生活必需品を地方自治体が政府の予算で買い上げて支給物品とする。
・ランダムサンプリングでのPCR検査によって、市中の感染者濃度を算出、総感染者数を推計し、注視する。
➋市中蔓延
ハードロックダウンによって感染者数(推計)が医療を受け入れられる程度に減少してきた段階。あるいは、市中感染が拡大し検査が飽和・医療崩壊に近づきつつある段階。
ここでは、有効なレベルでの社会的介入と医療の充実を並行して行う。施策は以下である。
・リモートワークの強い推奨。場合によっては通勤通学路線の電車・バスの全面運休。
・休校措置もしくは全面オンライン授業での代替
・自粛期間中の生活を賄える程度の現金給付付きの自粛要請
・補償付きの大型商業施設および飲食店の休業要請
・大型イベントの中止。感染拡大前から準備していたものについては損失を補填。
・中、遠距離移動の制限。高速道路入り口及び新幹線駅、空港の用途を物流医療関係のみに制限。
・医療およびケア労働に感染対策リソースを集中し、誰一人取りこぼさない感染症対策を行う。
・自粛によって発生した余剰の食料や生活必需品を地方自治体が買い上げ、必要な人に支給する。
・感染疑いのある人(有症状者およびその接触者)すべてにPCR検査を行い、陽性ならば保護隔離する。
・医療機関への支援を強化し、治療体制を強化する。病床数を可能最大限まで確保する。場合によってはプレハブ、コンテナもしくはテントの病棟を各学校の校庭などに設置する。
・陽性者からランダムサンプリングでゲノム解析を行う。憂慮すべき変異株の状況を把握し感染拡大の見通しに加味する。
➌市中感染
自粛等により感染者数がさらに減少してきた段階。もしくは、感染が拡大しすべての感染者の追跡が不可能になった段階。
この段階での社会的介入(自粛やロックダウン)は、防げる感染者数に対して経済的なダメージが大きい。感染者数が1だろうが1万だろうが、自粛によって実効再生産数を下げるためには同じだけ人流を制限しなければならない。検査数が十分に足りているうちは検査隔離を主として感染制圧を目指すほうが、費用対効果が高い。従って施策は以下である。
・日常生活で可能な範囲での感染防止の呼びかけ(マスク着用、換気、手洗い)。とくに換気は非常に重要である。
・リモートワークの推奨。満員電車の緩和。
・「いつでもだれでもどこでも」PCR検査を充実させ、希望者すべてに検査を行う。特に中長距離移動の前後には検査を呼びかける。
・症状の有無にかかわらず感染者の接触者は、漏れなく全数検査する。
・無症状者は専用の施設にて保護する。その際、快適かつ安全な生活と、生業の保障をする。雇用者に対して、隔離を理由とした不利益な処遇を禁止する。
・医療に感染対策のリソースを集中し、院内感染を防ぐ。
・介護施設等の感染症に対して脆弱な施設には予防的に面会制限など外部との接触の低減を呼びかける。
・陽性者のうちすべてもしくはなるべく多くの検体を抽出してゲノム解析を行う。憂慮すべき変異株の状況を把握し感染拡大の見通しに加味する。
➍全感染者追跡可能
検査・隔離によって感染者数がさらに減少し、すべての感染者の行動歴・接触歴を追跡し、感染経路のすべてを把握できるようになった段階。もしくは、感染発生の初期段階。
この段階では、新たな感染源の流入防止と感染追跡に力を入れるとともに、取りこぼしがないか広い範囲を覆う検査を行う。追跡が可能であるか不可能であるかで全くゲームが変わるので、踏ん張りどころである。
感染拡大期に比べてリソースに余裕があるため、感染者や接触者に十分な配慮が可能。
・市民は日常生活を送ることができる。
・接触者追跡を積極的に行い、同時的でなくても同じ空間を利用した人すべてに複数回の検査を行う。
・明確な接触者(同時的に同じ空間を共有した人)は専用の施設で14日間隔離する。その際、快適かつ安全な生活と、生業の保障をする。隔離を理由とした不利益な処遇を禁止する。
・空港及び港湾での検疫を徹底、すべての入国者に規定日数の隔離を行い、海外からの新規感染者の流入を阻止する。
・陽性者全員の保有するコロナウイルスにゲノム解析を行い、感染経路を確定する。
❺感染なし
十分な検査を行っても一週間以上国内新規感染者が0の段階。下水からもウイルスが検出されない段階。
その地域内のウイルスは根絶できたと考えられる。地域外から新たな感染源が流入することを防ぐために、検査・感染対策リソースを費やす。
・市民は日常生活を送ることができる。
・空港及び港湾で、すべての渡航者にPCR検査と規定日数の隔離をする。
・地域的に感染なしを実現した場合、主要列車駅や高速道路入り口等でも全数PCR検査を行う。
・感染対策のリソースをこれらの空港・港湾・鉄道労働者に集中する。
・国内での有症状者に積極的にPCR検査を行い、検疫漏れを二段構えで発見できるようにする。
・下水検査によって検疫漏れを早期に検出し、地域的なプール検査から感染者を絞り込み、最終的には個別のPCR検査で感染者を発見する。
・ワクチンの接種を速やかに進め、感染の再拡大を防ぐ。
経済政策についての基本的な考え方
感染症災害下における経済政策は大別して環境適応かリターン・トゥ・ノーマルかの二つに分けられる。
環境適応型は、コロナという災害的状況下に適応するよう促すものである。感染予防のための費用に対する助成金や、業態転換に対する助成金などがそれである。
感染症が蔓延していても安全に業務が行えるならば、感染症によって直接的な影響を受けることなく事業を行うことができる。感染が収束しなくても生きていけるようになる。そして、まさにそのことによって感染終息に寄与する。
一方、この環境に社会が過剰適応し、生存できない事業者が淘汰された後で、感染症が終息した場合、日本経済は大きな破壊を受けたことになる。企業はすぐに生えてくるものではなく、供給が回復するには時間がかかる。結果的に経済に大きな空洞ができる。
リターントゥノーマル型は、コロナ以前の業態を維持するための支援である。雇用維持のための補助、家賃の支援、コロナ無視の消費振興施策(GoTo)などがそれである。
感染症によって業務が行えなくても、その分の補填があれば構造を維持することができる。一方で、給付によって支え続けるには限界がある。コロナが収束しない場合、多くの企業が国庫に依存し続けることになり、不健全である。
また、GoToなどの消費振興施策はコロナの実態を無視して需要が造られ続けるため、感染拡大に寄与してしまうことになる。
重要なのは、この二つの役割をきちんと理解し、うまくハイブリッドさせた政策をとることである。一方では供給のための構造を維持し、もう一方では現状に合わせて適用できるようにする。大量破壊による淘汰ではなく、緩やかな変化と適応を可能にし、促すものがよい。
また、状況に合わせた変化がおこるようなコミュニケーションが行われる必要がある。正しく状況を理解し、有効な変化を起こすためには、正しい情報が必要である。どれだけの額の投資があっても、今の日本の非科学的な感染予防に乗っていてはうまくいかない。
また、コロナの収束の見通し如何で企業の活動は大いに左右される。そのためにも収束に向けたロードマップは非常に重要である。
経済政策および感染症対策の財源は、国債の発行と、目的税として法人税を時限的に増税して充てる。目下のところ、経済主体がこの危機を生き残ることが先決であり、余裕があったり危機に乗じて例外的に収益を上げている企業に対して理解を求めるしかない。
有限時間での感染収束に向けたロードマップ
中長期的な抜本的感染症対策
そもそも感染症災害は、人口の集住に伴う半ば必然的な現象であり、人類文明の歴史は感染症との闘いの歴史と言っても過言ではない。したがって抜本的な感染症対策とは、人口集中の解消と一体である。
経済社会のインターネット化をさらに推し進め、リモート勤務の活用とともに地方移住を呼びかけ支援し、都市部への人口集中を緩和する。
かつては不可能だったことが、技術的な進歩によって可能になりつつある。この危機を奇貨として、社会を緩やかに変化させていくことが、次なる感染症危機に対する備えともなるのである。
*1:例えば、コレラの病原体が特定される以前に、ジョン・スノウによるコレラの感染の疫学的な研究Mode of Communication of Cholera(John Snow, 1855)がある。